2026年06月02日

実はもっとも“民主的”かもしれない法──イスラム法の正体

 世界の法体系を、大きく3つに分けるとすれば、シヴィル・ロー(大陸法)、コモン・ロー(英米法)、シャーリア(イスラム法)になるであろう。
日本法は大陸法に近いため、もちろんシヴィル・ローには詳しいし、コモン・ローも専門的に勉強した。しかし、イスラム法となるとまるで知らないことに気がついた。
 
 息子に、「法学者で有名な人って誰?」と聞かれて、美濃部達吉や我妻栄を挙げたが、(当然ながら)知らないようで、「法学者は有名な人いないんだね」と言われてしまった。
 イスラムの知識人を代表するイスラム世界では超有名なガザーリーは法学者であるし、イブン・ハルドゥーンもイブン・バットゥータも法学(フィクフ)を基礎教養として修めていた。一方日本では、法律を学んだ有名人を探すのは難しい。
 そんなところから興味をもち、イスラム法のことを少し調べてみると、色々と面白い発見があった。

1 話合いで決まる法
 イスラム法において法源は、過去の判例ではなく、「コーラン(クルアーン)」や「ハディース(ムハン マドの言行録)」である。イスラム法では、飲酒が禁止されるが、それは「コーランに書いてあるから」と言われる。しかし、実際には、それほど単純ではない。

 確かにコーランには
「酒と賭け事、偶像と占い矢は、忌み嫌われる悪魔の業である。これを避けなさい。恐らくあなたがたは成功するであろう。」(5章90節)
と記載があり、酒を全面的に禁じているように見える。
しかし、一方で
「信仰する者よ、あなたがたが酔った時は、自分の言うことが理解できるようになるまで、礼拝に近付いてはならない。」(4章43節)
との記載もあり、飲みすぎや深酒を禁じているだけだとも思える。
さらに、
「楽園を描いてみよう。そこには腐ることのない水を湛える川、味の変ることのない乳の川、飲む者に快い酒の川、純良な蜜の川がある。」(47章15節)
と、酒を素晴らしいものだとする記載まである。
※翻訳はいずれもhttp://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran000.htmから引用

 そうなると、このように一見すると矛盾しているように思えるコーランをどのように解釈するのかという問題は避けられない。
 また、人々が直面する問題の中には、コーランやハディースに直接答えが書かれていないものも少なくない。さらに、インターネットのように、イスラム成立当時には存在しなかった新しい問題も次々に生まれる。

 そこで、ウラマー(法学者)が話合い、ムスリム共同体で合意した事項(イジュマー)が、実際上は、法源になることになる。もちろん、ムスリム共同体が一つであった時代はとうの昔に終わり、たくさんのイスラム「国家」ができている現在、全ムスリム共同体で話し合うのは不可能だ。しかし、今でも、国会でも裁判官の集まりでないウラマーで話し合って合意した内容が重要な法源になる国は多い。

 もちろん、理念的には、真の立法者である神の意志を、人間が探っているにすぎないということになるが、実質的には、(敬虔なムスリムには怒られるかもしれないが)人間が適切なルールを話し合って決めているに非常に近いといえるだろう。

ウラマーのイラスト.png

2 英米法と大陸法の間
 このようにあいまいな方法で、「法」が定まるイスラム法の世界は、古典的には、成文法をもたない。「法律」というと文章に書かれた「固い」ものだと思い込む、我々大陸法系の国民からすると驚くべきことだが、英米法も伝統的には同じように成文法をもたない。その方が、世間の変化に柔軟に対応できるというメリットがあるのだろう。

 一方で、英米法の理論的な問題点は、多数の話合いを通さずに、裁判官が恣意的にルールを作ることができてしまうおそれがあるということであろう(現実には、多くの国・州でそのようなことはないが)。

 これに対して、イスラム法では、多数のウラマーの合意を重視することで、裁判官の恣意的判断を防止することができる。そう考えると、英米法と大陸法のバランスを取った良い制度といえるかもしれない(なお、理念的な話で、実際は、理念より、現実の政治体制の方が重要であることは言うまでもない)。

 英米法系の国では、刑法犯でも、成文法ではなく裁判例によって犯罪が形成されていた分野が存在した(コモンロー犯罪)。大げさに言えば、強盗が5年以上の懲役になるかは成文法ではなく、裁判所が作り上げてきた過去の裁判例から、なんとなく決めていたことになる。これでは、余りに恣意的になりすぎるということで遅くとも20世紀以降は英米法の国でも刑法については議会が合意により作成した制定法によりルールを明確にするのが常識的になったが、イスラム法では、この点、一歩先に行っていたとも評価できるであろう。


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posted by 内田清隆 at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 弁護士雑感
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