2017年09月12日

「記録化」社会による裁判所の崩壊 

信号を無視したのはAかBか、、、それが分からないことで裁判が長期化する例は多かった。
 軽微な物損事故において、信号が何色であったか分からないために何年も裁判をしていると、不誠実ながら不毛感を感じることもあった。

 しかし,社会は変わりつつある。
 交差点付近の防犯カメラなどから、事故時の信号の色が分かることが増えた。
 最近ではドライブレコーダーの映像から、事故時の信号の色が分かることも多い。
 技術の進歩により,不毛を感じさせるような長い裁判が減ってきたのである。

 また、スマホのように,多くの人々がもてる簡易に録音・録画できる装置が増えた。
 昔は,長時間の録音をすると、テープの量が膨大になりその管理が大変であった。
 しかし今では,何時間にも及ぶ録画内容がごく小さな媒体にすべて記録できてしまう。
 そのため,録音・録画媒体が,種々の裁判に提出されることも非常に増えた。

 考えてみると,裁判の多くは,「信号が青だったのか赤だったのか」,「保証すると言ったのか言わなかったのか」といった,過去の事実の内容について争いがあるため起こるものだ。
 人間の行動の全てが録音・録画されていれば,ほとんどの裁判は不要になり,裁判所は閑古鳥が鳴くようになるであろう。
 そうなれば「裁判」をするのはもはや裁判官ではなく,録音・録画を調査するロボットだ。
現在の裁判所は不要となる。

 裁判になると分かるが,街には,すでに驚くほど多くのカメラが設置されており,人々の行動の多くがカメラに捉えられている。
 人間の行動の全てが録音・録画され,裁判所が不要となる社会の到来も,そう遠くないのかもしれない。


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posted by 内田清隆 at 09:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 弁護士雑感
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