2021年06月17日

竜樹菩薩作「大智度論」における窃盗罪の構成要件

日本の窃盗罪(占有離脱物横領を含む)が成立するには,通説によれば,
@故意に
A他人の財物を
B自己の物にする意思をもって
C占有を取得すること
が必要である。

@から,他人の物を持ち帰ったとしても,自分の物と誤解していたのであれば窃盗罪は成立しない。
Aから,自分の財物,例えば空き地に放置されている盗まれた自分の自転車を取り返しても窃盗罪は成立しない。
また,「物」でないもの,例えばカリオストロの城のルパン3世のように他人の「心」を盗んでも窃盗罪は成立しない。
Bから,すぐに返すつもりで,少しだけ他人の自転車に乗っても窃盗罪は成立しない。
Cから,万引きするつもりで商品を手に持っても,自分のカバンに入れたり,手に持ったまま店から出るなどして「占有を取得」しなければ窃盗罪は成立しない。


日本が弥生時代又は古墳時代であった頃に,竜樹菩薩ことナーガールジュナが記したと伝わる仏教思想の百科事典「大智度論」に以下のような文章が出てきた。

他人のものだと知りながら,盗みの心を生じ,物をもとあったところから離して,その物を我に属させること,これを「盗み」と名付ける。・・・その物の存在するところからその物を離さないならば(盗みではない)。

竜樹菩薩は,
「盗み」の罪の成立要件として
@他人のものだと知りながら=故意
A他人ものを≒他人の財物を
B盗みの心をもって≒自己の物にする意思をもって
Cもとあったところから離して我に属させること ≒占有の取得
が必要であるとしたわけであるが,非常に現在と近い分析である。

「汝,盗むなかれ」は,モーゼの十戒にも出てくる世界共通の教えである。
しかし,キリスト教世界では,
神に禁ぜられている方法によって、・・・隣人のものを、自分のものにしようとする、一切の悪いこと、企てを、盗みとよばれるのです。これらに、すべての貪欲、不必要な浪費をも、加えるべきです。
この戒めはこの世の法的問題だけでなく、神に禁じられているものは全ていけない、盗みであると言います。
参考:http://www.jcu-sapporo.com/bible/20150802/
といったように宗教的・道徳的教えとすることが多いのではないかと思う。

仏教とは,直感的・非現実的な教えであるといったイメージをもっていたが,意外に分析的・現実的な思想なのかもしれない。

菩薩.jpg

それにしても,竜樹菩薩が
「自分のものだと誤解したのだから,盗みでない!」
「これは,もともと自分の物であったのだから盗みではない!」
「返すつもりであったから盗みではない!」
「いや確かに手はかけたけど,まだ持ち去っていないから盗みでない!」
と現在と同じような弁解をする人に対して,罪に当たるのかどうかを決めていたというのは,何とも不思議な気がする。
 人間とは実に変わらないものだ。


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posted by 内田清隆 at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 弁護士雑感